時は幕末…
薩摩と長州──ついこのあいだまで、互いを憎み、殺し合ってきた藩だ。
「お前らが刃を向けているあいだにも、黒船はこの国を狙っちゅうぜよ。」
坂本龍馬が静かに言う。
薩摩の侍も、長州の志士も、歯を食いしばって黙り込む。
日本が内輪もめをしているうちに、列強は領土を奪い、権利をむしり取り、日本を本当の意味で“植民地”にしてしまうかもしれない。
それは、誰もが頭では分かっていた未来だった。
「敵を斬るだけが、武士の強さじゃない。
敵だと思っていた相手と手を取り合う覚悟こそ、国を守る強さじゃろう。」
そう言って、薩摩と長州の間に橋をかけたのが薩長同盟だった。
あの日、日本は“敵と味方”で線を引くのをやめ、
「日本人同士」という、もっと大きな線を引き直した。
その一歩が、明治維新という大きなうねりを生み、
海外に飲み込まれず、自分たちの手で時代を切り開く土台になっていった。
──あれから150年以上たった現代。
私たちの国は、今度は静かに、じわじわと追い詰められている。
賃金は上がらず、物価だけが上がる。
気づけば「失われた30年」と呼ばれ、世界の中で存在感を失っていく日本。
人手不足を埋めるために、外国人労働者や移民が増え、
街の景色も、仕事場の空気も、少しずつ変わっていく。
気がつけば、心のどこかでささやく声がある。
「このままいったら、日本は日本人のための国じゃなくなるんじゃないか。」
けれど、本当に責めるべき相手は誰だろう。
外国から働きに来た人たちだろうか?
それとも、問題を先送りにしてきた政策だろうか?
「どうせ変わらない」と言って、政治や社会から目をそらしてきた、私たち自身だろうか。
今の日本に必要なのは、誰かを悪者にして憎しみ合うことではない。
薩長同盟がそうだったように、
本当は「日本人同士が争っている時間なんて、もう残されていない」という現実を直視することだ。
保守かリベラルか。
都会か地方か。
老いか若きか。
ワクチン、マスク、移民、増税──。
ありとあらゆるテーマで、日本人同士が罵り合い、
同じ言葉を話す者同士が、まるで違う国の人間みたいに敵視している。
その間にも、国力は静かに削られ、
「気づいたら取り返しがつかない」ところまで行ってしまうかもしれない。
もし、今の時代に龍馬がいたら、きっとこう言うだろう。
「SNSで殴り合ってる暇があったら、日本をどう守るかを考えようや。
薩摩と長州が手を握れたんだ。
右と左が、若者と年寄りが、東京と地方が、手を握れんはずはないじゃろう。」
薩長同盟とは、
「過去の恨みより、未来の日本を選んだ」決断だった。
今、私たちに問われているのも、まさに同じことだ。
・誰かを罵る快感を取るのか
・それとも、子どもたちに胸を張って渡せる日本を取るのか
移民が増える現実も、経済が衰退してきた事実も、簡単には変えられない。
だからこそ、日本人同士がバラバラのままでは、本当にこの国の舵を握れなくなる。
薩摩と長州が、憎しみをのみこんで、国のために手を結んだように。
今こそ、
・思想の違う日本人同士が
・世代の違う日本人同士が
・立場の違う日本人同士が
「日本を守りたい」という一点で、静かに手を取り合うときなのかもしれない。
あの時代、彼らは命を張って日本を守ろうとした。
今の時代、私たちが命を張る必要はない。
その代わりに、時間と言葉と行動を差し出せばいい。
情報を知ろうとすること。
自分の頭で考えること。
対立ではなく対話を選ぶこと。
そして、一票や日々の選択で「どんな日本を残したいか」を示すこと。
薩長同盟は、歴史の教科書に載っている「昔話」なんかじゃない。
あれは、「日本人が本気を出したら、敵同士でも必ず団結できる」という証明書だ。
その血は、今を生きる私たちの中にも確かに流れている。
もう一度、日本人同士で手を取り合う。
もう一度、「この国は自分たちの手で守る」と腹を括る。
それが、令和の日本に必要な“新しい薩長同盟”なのではないか。
このメッセージを受け取ったあなたには、
日本人としての誇り・日本の未来を本気で考える行動が今この瞬間からできるという無限の可能性があります。
このメッセージによって、少しでも心に届く何かがあなたの中にありましたら、
ぜひ私たちの子供の未来、世界の未来のために一緒に歩んでいただけると幸いです。
一緒に、子供たちの未来を創りましょう!

